仕事で鹿児島市中山を運転中のことだった。
ふと、時計を見る。
「ああ、もうお昼か」
腹も減ってきた。
さて、今日はどこに食べに行こうか。
そんなことを思うが、場所はすぐに思いつく。
この辺りなら、一つしか思い浮かばない。
今日は、『めんくい亭』だ。
駐車場
第二駐車場に車を停める。
運転しているのは、仕事用の中型車だ。
こちらの方が停めやすいし、何より目立たない。
昼時とはいえ、仕事の車を堂々と停めるのは気が引ける。
店に歩いて向かう。
――ああ、いい匂いだ。
30年前。
まだこの店が、坂之上にあったとき。
あの頃から変わらない、思い出の香り。
期待が高まる。
入り口。
暖簾をくぐって中に入る。
小さな待合室だ。
見渡すと、この店の思い出が並べられている。
この店の隠れた名物メニュー。
『すりばちラーメン』
一杯が5人前を誇る、大食いメニューだ。
壁に並ぶ写真は、挑戦者たちの悲喜こもごも。
いつか私も挑戦してみたい。
そんなことを思いながら、しかし思うだけの10年だったりする。
検温と消毒を済ませて、店に入る。
今日はまだ、席に余裕がある。
すぐにカウンターに通された。
メニューを手に取って眺める。
さて、今日は何にしようか?
今日の一品
注文
う~ん、悩むなぁ。
店のラーメンは、どれも豚骨ベース。
灰汁を丁寧にとった、透き通ったスープが自慢だ。
そのスープを、それぞれ『塩』『醤油』『味噌』で割っている。
店のオススメの『塩』か。
鹿児島醤油を使った『醤油』か。
コクの深い味わいの『味噌』か。
食べ慣れているからこそ、悩む。
悩んだ末に選んだのは――
漬物
注文を待つ間、卓上の漬物に手を伸ばす。
まるで田舎の実家にあるような、ピンクのフタのタッパー。
中に入っているのは、黄色い大根の漬物。
たくあん。
最近では、むしろ珍しい。
昔はどこの店でも見かけた物なのに。
小皿にとって、かじる。
うん、よく漬かっている。
甘酸っぱい。
もう一つを口に放り込んで、今度は水を飲む。
ああ……。口の中で、甘みが広がる。
子供の頃は、このコリコリとした触感が好きで、味は二の次だった。
いつの間にか、この水で流し込む味が気に入るようになった。
これも成長と言えるのだろうか。
そんなことを思いながら、注文を待つこと5~6分。
「お待たせしました。ばりばり元気ラーメンです」
注文の一杯がやってきた。
【今日の一品】ばりばり元気ラーメン ¥810
どん、と。
白い大きな器に入れられて、目の前に差し出された一杯。
ばりばり元気ラーメン
この店の、オススメの一品だ。
なによりの特徴は、この玉子焼きだろう。
煮卵やゆで卵ではない。
黄色い満月が、蓋をするようにラーメンを覆っている。
そして、香り。
焙られた焦がしニンニクの香りが、湯気のように激しく自己を主張をしている。
そしてその周りを彩る、もやしとわかめとコーン。
変わりのない姿に、感動すら覚える。
さて、それじゃあ
いただきます。
めしあがれ
大き目のレンゲを用意してもらう。
普通のサイズより、二回りほど大きいものだ。
まずは、麺。
中太の麺には、たっぷりとスープが絡んでいる。
レンゲによそって、まずは一口。
う~ん。ガッツリくるなぁ!
豚骨のコクと脂を含んだ塩スープ。
そこに焦がしニンニクの風味が、全体を際立たせている。
塩ラーメンとは思えないほど、ガッツリとした味わい。
だが、脂っこさは感じない。
スープに浮かぶ、わかめやコーンが、この脂っこさを隠してくれている。
美味い。
思い出の補正も、もちろんあるだろう。
けれどそれ以上に、30年続いているという事実が、この店の味を保証してくれている。
気が付けば、スープを残して器は空っぽになっていた。
替え玉 ¥170
一杯では物足りないからと、替え玉を頼む。
その時、少し固めと注文を出すことを忘れない。
注文の替え玉は、すぐに運ばれてきた。
白い皿に、薄らとタレがかかっている。
多少、スープが少なくなったが、問題ない。
麺を投げ込んで、スープになじませる。
そうしてスープを貯めたレンゲに、麺ともやしを収める。
好みの問題だが、歯ごたえのある麺はもやしと相性がいい。
こうやって麺ともやしを一緒に食べたとき、歯ごたえのたまらない一口になる。
湯がかれたもやしのしゃきしゃきが、実に良い。
食べ尽くした器を前に、ゆったりと溜息を吐いた。
ごちそうさま。
お勘定
注文書を持って、レジに向かう。
今回の会計は、合わせて¥980。
千円札一枚でおつりがくる。
うん、満足。